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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)55号 判決

原告 株式会社 樽正

右代表者代表取締役 石川亀吉

右訴訟代理人弁護士 小山孝徳

被告 特許庁長官 若杉和夫

右指定代理人 三瀬和徳

〈ほか二名〉

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が同庁昭和五四年審判第三二五一号事件について昭和五七年一月一一日にした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。

第二原告の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

訴外有限会社松永商店(以下「松永商店」という。)は、昭和四四年一二月一五日、別紙のとおり「鉄砲漬」の漢字を縦書きしてなる商標(以下「本願商標」という。)について、第三二類「野菜または果実のつけもの」を指定商品として、登録第七二六一二二号の二商標の連合商標として商標登録出願(昭和四四年商標登録願第一一〇三二三号)をし、右出願については、昭和四六年五月一三日、商公昭四六―二八八〇三号公報をもって商標登録出願公告がなされた。

原告は、昭和五二年六月一一日、右商標登録出願により生じた権利を松永商店から譲り受け、同月二二日、その旨の商標登録出願人名義変更届をしたものであるところ、昭和五四年一月二五日に拒絶査定があったので、同年三月二八日、これに対して審判を請求し、昭和五四年審判第三二五一号事件として審理されたが、昭和五七年一月一一日、右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は、同年二月二二日、原告に送達された。

二  審決理由の要旨

本願商標の構成、指定商品、商標登録出願日は、いずれも前項記載のとおりである。

右のとおり本願商標は「鉄砲漬」の文字を書してなるが、漬物を取り扱う業界においては、千葉県を始めとする日本各地において、白うり、きゅうりを用いしんの中の種をくり抜いてその中に、青唐辛子、キャベツ、しその葉、しその実、ネギ、サンショウの葉、ショウガ等の野菜を詰め込んで、塩、味噌等で漬ける漬物を指称するものとして、「鉄砲漬」、「テッポウ漬」あるいは「キュウリのてっぽう漬け」等の文字を使用している事実がある。このことは、例えば、毎日新聞社昭和四九年一一月五日発行「つけ物風土記」一三三頁の「鉄砲漬」の項、家の光協会昭和四三年三月一五日発行の井上鶴子著「漬け物全科」一四四頁「キュウリのてっぽう漬け」の項、株式会社主婦之友社昭和四一年九月二〇日発行の酒井佐和子著「漬け物小百科」一八〇頁の「きゅうりの鉄砲漬」の項、株式会社白川書院昭和四八年八月一日発行の京都府立総合資料館編「京都の漬物」五〇頁及び五六頁の各「テッポウ漬」の項等の記載に徴し認められる。

してみれば、「鉄砲漬」の文字を普通に用いられる方法で書してなる本願商標は、その指定商品中野菜の白うり、きゅうりのしんをくり抜いてその中に青唐辛子などの野菜を詰めたものを塩、味噌等で漬け込む漬物について使用された場合、前記の事実よりして、単に商品の品質を表示してなるにすぎないものであって、自他商品の識別標識としての機能を果たし得ないものと判断するのが相当であるから、商標法第三条第一項第三号に該当し、また、それ以外の商品に使用するときは、商品の品質について誤認を生ずるおそれがあるものといわなければならないから、同法第四条第一項第一六号に該当するものであって、登録することができない。

三  審決の取消事由

「鉄砲漬」と書してなる本願商標は、審決の指摘するような漬物の品質を表示したものではなく、自他商品の識別力を備えた商標であって、これを商標法第三条第一項第三号及び同法第四条第一項第一六号に該当するとした審決は判断を誤った違法のものであるから、取消しを免れない。

1  審決が「鉄砲漬」等として指称されているとしている種類の漬物、すなわち、白うり、きゅうりを用いしんの中の種をくり抜いて、その中に青唐辛子、キャベツ、しその葉、しその実、サンショウの葉、ショウガ等の野菜を詰め込んで、塩、味噌等で漬ける漬物(以下「問題の漬物」という。)は、審決のいうように「鉄砲漬」と指称されておらず、「印籠(いんろう)漬」と古来から指称されてきたのであって、「印籠漬」こそが問題の漬物の品質を表示したものにほかならない(《証拠省略》)。漬物取引業者間においても、問題の漬物は「印籠漬」の名称で認識され、この名称が問題の漬物の品質を表示するものとして取引上使用されているのであって、「鉄砲漬」として認識され取引されているという事実はない(《証拠省略》)。更に、現在マスコミを通じて活躍中の著名で権威ある料理研究家、漬物研究家等の著書においても、問題の漬物はこぞって「印籠漬」と称されていて、これを「鉄砲漬」と称しているものはなく、右のような著名且つ権威ある専門家は全て問題の漬物を「印籠漬」と認識し、「鉄砲漬」とは認識していないことが明らかであり、その他の漬物図書でも、同様に、問題の漬物を「印籠漬」と表現していて、「鉄砲漬」とは表現していない(《証拠省略》)。以上のような状況であってみれば、また、一般需要者においても、「鉄砲漬」と書してなる本願商標をもって、商品の品質を表示するものとして認識し、あるいは、品質の誤認を生じるおそれがあるということは、全く考えられないことである。

2  千葉県の一部には、審決が指摘するように「鉄砲漬」の表示を使用しているところがあるけれども、これをもって、「鉄砲漬」と書してなる本願商標が単にその商品の品質を表示するにすぎないものということはできない。

(一) 本願商標の由来及び原告がその出願により生じた権利を譲り受けるに至った経緯は次のとおりである。

千葉県成田市成田に所在する割烹料亭藤倉家では、古くから「一夜漬」と称して印籠漬を自家製造して家庭用に使用してきたが、昭和三〇年ころから、これを「鉄砲漬」と名付けて、土産用に店頭で販売するようになった。藤倉家が「鉄砲漬」と名付けたのは、当主の藤倉壮元が狩猟が好きであったことから、印籠漬が鉄砲に火薬を詰めるに似ていることにヒントを得たことによるものである。

ところで、藤倉家では、昭和四〇年ころから右「鉄砲漬」を三越デパートでも販売するようになって一般からも好評を受けるに至り、これに着目した漬物業者松永商店は、自ら「鉄砲漬」を販売しようとして、先ず「鉄砲漬」を商標として登録しようとした。

ところが「鉄砲漬」は既登録商標「鉄砲印」(登録番号第七二六一二二号、権利者東井重喜)に抵触するとの指摘を受けた松永商店は、昭和四四年一〇月二二日「鉄砲印」の権利者東井重喜から「鉄砲印」の分割譲渡を受け、同年一二月一五日本願商標を「鉄砲印」の連合商標として登録出願し、これは昭和四六年五月一三日出願公告されたのである。

このような経過から、そのころから漬物業界では松永商店が「鉄砲漬」の商標権者であるとの認識が定着し、その後「鉄砲漬」を市販せんとした前記藤倉家も、同じくこれを販売せんとした訴外古関春雄(成田市竜台)も、松永商店の許諾を得て「鉄砲漬」を使用してきたのである。

ところで、原告は昭和五二年に至ってこの「鉄砲漬」の販売を企画したゝめ、当時の業界の実情に従い、松永商店に対し「鉄砲漬」なる商標の使用許諾を求めた。

ところが、松永商店は、当時その代表者園田吉五郎が高齢で後継者がなく、ために清算状態に入っていた関係から、原告に対し、「鉄砲漬」の商標登録出願により生じた権利一切の買取り方を要求してきたのである。この時点で初めて原告は「鉄砲漬」が未だ登録商標でないことを知ったのであるが、松永商店との交渉の経過もあったゝめ、昭和五二年六月一一日松永商店から右商標登録出願により生じた権利を譲り受けたのである。

(二) 右の経緯にもみられるとおり、成田地方の印籠漬業界においては、松永商店が登録商標「鉄砲印」を所有し、その連合商標として「鉄砲漬」を出願し、それが出願公告されたことは周知の事実であって、「鉄砲漬」が商標であるとの認識が定着したのである。このことは、藤倉家が松永商店との間で通常使用権の設定契約をしている事実、その他の印籠漬業者が、「鉄砲漬」の名称の使用を回避して、「瓜味漬」、「成田漬」、「翠漬」、「金砲漬」、「柴香漬」、「小舟漬」、「成美漬」、「金筒漬」等の名称で印籠漬を販売している事実(《証拠省略》)からも明らかである。

このように、成田地方の印籠漬業界においては、「鉄砲漬」が単なる品質を表示する名称であるとは受けとられておらず、商標として認識されているのである。

(三) ちなみに、NHKの「番組基準ハンドブック」にも「鉄砲漬」は商標であるとして記載されており(《証拠省略》)、漬物業界紙においても、「鉄砲漬」を商標として取り扱った記事が掲載されている(《証拠省略》)のである。

以上の次第で、千葉県の一部で「鉄砲漬」を使用しているところがあるとしても、それが単にその商品の品質を表示するにすぎないものということはできないのである。

3  審決が指摘する各図書には、確かに「鉄砲漬」の表示があるけれども、それは「印籠漬」なる古来からの呼称を知らなかったか、あるいは、仮に知っていたとしても右呼称がかなり前時代的なものであることから、昭和三〇年代ころから成田地方の一部で使用されていた「鉄砲漬」なる出顧中の商標を、印籠漬を指称する呼称として誤用しているだけのことにすぎないのである。

4  以上の次第で、「鉄砲漬」と書してなる本願商標は、商品の品質を表示したものではなく、自他商品の識別力を備えた商標であることは明らかであり、これが商標法第三条第一項第三号及び同法第四条第一項第一六号に該当するとして審決は誤りである。

第三請求の原因に対する被告の認否及び反論

一  請求の原因一及び二の事実は認める。

二  同三の主張は争う。審決に原告主張のような違法の点は存しない。

1  問題の漬物が「印籠漬」と称されていることは認められるとしても、これは「鉄砲漬」とも称されているものであり、「鉄砲漬」、「テッポウ漬」等の文字は、「印籠漬」の文字と同様に、問題の漬物を表すものとして、千葉県のみならず、漬物の産地として一般に知られている京都地方等において、少なくとも本願商標の出願当時から普通に使用されているものである。してみれば、「鉄砲漬」の文字は問題の漬物を指称する名称を表わすものとして取引者、需要者間に認識されているものということができ、問題の漬物を「鉄砲漬」と称することをもって「鉄砲漬」なる出願中の商標を印籠漬を指称する呼称として単に誤用しているにすぎないということはできない。

2  原告は成田地方の印籠漬業界において「鉄砲漬」は商標であるとの認識が定着している旨主張するが、出願公告されたからといって右のような認識が定着したということはできないし、藤倉家と松永商店間の通常使用権契約も、「鉄砲印」商標を前提とした契約であって、これをもって「鉄砲漬」の文字が商標として定着していることの証左とすることはできない。また、成田地方の一部業者が、本願商標が出願公告された事実に基づき「鉄砲漬」以外の名称を付して印籠漬を販売している場合があるとしても、成田地方は勿論のことその他の地方においても、この種商品を取り扱う業界において既に「鉄砲漬」の文字を商品の品質を表示するものとして普通に使用している事実がある以上、「鉄砲漬」と書してなる本願商標が商品の品質を表示したものでないとする原告の主張は理由がない。

3  したがって、本願商標が商標法第三条第一項第三号及び同法第四条第一項第一六号に該当するとして審決の判断に誤りはなく、審決に原告主張のような違法の点はない。

第四証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因一及び二の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、審決にこれを取り消すべき違法の点が存するかどうかについて判断する。

1  本願商標が別紙のとおりの構成からなることは、前示のとおり当事者間に争いがなく、したがって、本願商標は、「鉄砲漬」の文字を通常の書体をもって書してなるにすぎないものということができる。

ところで、《証拠省略》によれば、「鉄砲漬」の語が問題の漬物を指称する名称として広く使用されている事実を認めることができる。すなわち、家の光協会昭和四三年三月一五日発行の井上鶴子著「漬け物全科(第九版)」には、「キュウリのてっぽう漬け」として、キュウリの芯をくりぬいた中にサンショウの葉、ネギ等をキャベツで巻いたものを詰めて塩漬けにした漬物が、株式会社主婦の友社昭和四一年九月二〇日発行の酒井佐和子著「主婦の友小百科シリーズ 漬け物小百科」には、「きゅうりの鉄砲漬」としてキュウリの芯をくりぬいた中に細切りにしたピーマン、青唐辛子等を詰めて塩漬けにした漬物が、株式会社主婦の友社昭和三四年八月一〇日発行の同社編「新しい味覚の漬けもの三〇〇種(第二〇版)」には、「白瓜の鉄砲漬」として、白ウリの種をくり抜いた中にキャベツ、青じそ等を詰めて塩漬けにした漬物が、株式会社佼成出版社昭和五〇年九月一日発行の浅田峰子著「漬けもの」には、「きゅうりの鉄砲漬け」として、キュウリの芯をくり抜いた中にししとう、みょうが等を詰め込んで塩漬けにした漬物が、それぞれ一般家庭向けに漬け方を解説して記載されており、また、毎日新聞社昭和四九年一一月五日発行の小川敏男著「つけ物風土記」、株式会社白川書院昭和四八年八月一日発行の京都府立総合資料館編「京都の漬物」、株式会社柴田書店昭和五一年八月一日発行の茂野悠一著「漬け物読本」、株式会社角川書店昭和五三年四月二〇日発行の「房総の味」、株式会社保育社昭和五三年三月五日発行の小川敏男著「つけもの」には、千葉県成田地方には「鉄砲漬」と称される名産漬物があって、それはシロウリの芯をくり抜いて塩漬けしたものの中にシソの葉で包んで唐辛子を詰め込んでしょう油漬けにした漬物であること、京都府丹波地方には「鉄砲(テッポウ)漬」と称される古くから伝えられた名産漬物があって、それはシロウリの芯をくり抜いて塩漬けしたものの中にシソの葉、キュウリ、ナス等の下漬けした野菜類を詰め込んで味噌漬けにした漬物であることが紹介されており、更に、東洋経済新報社昭和五二年一〇月一七日発行の遠藤元男ほか編「日本の名産事典」には、茨城県に伝わるマクワウリの芯をくり抜いた中に唐辛子、ショウガを詰め込んで塩漬けにした漬物が「マクワウリの鉄砲漬」として紹介されているところであり、右のように一般的に、流布されたものと認められる多くの出版物に古くは少なくとも昭和三四年にまで遡って、「鉄砲漬」の名称が使用され、該名称を冠された漬物の中には、漬物の産地として全国的に知られた京都府下に古くから伝わる漬物も存することを考慮すれば、少なくとも本件審決がなされた当時には、「鉄砲漬」の語は、千葉県成田地方や京都府丹波地方の鉄砲漬に代表される名産漬物を含めた問題の漬物一般を指称する名称として一般消費者に理解されるものになっていたものと認めるのが相当である。

もっとも、問題の漬物を指称する一般的な名称としては、「印籠(いんろう)漬」の語があり、「広辞苑」や「広辞林」という我が国における一般的国語辞典において「印籠漬」の語は掲載されているが「鉄砲漬」の語は記載されていないことは、《証拠省略》により認められ、また、《証拠省略》によれば、各種漬物の漬け方等を解説した一般家庭向けの出版物において、問題の漬物を「鉄砲漬」と称することをせずに「印籠漬」と称して紹介しているものが多数存在することが認められるけれども、右のような事実は、いずれも「鉄砲漬」の語が問題の漬物を指称する名称として一般消費者に理解されるに至っていたとの前認定を妨げるものではない。更に、《証拠省略》によれば、漬物を取り扱う業界において問題の漬物は正式には「印籠漬」と称されていることが認められるけれども、これも右同様前認定を妨げるものではない。

してみれば、「鉄砲漬」の文字を普通に書してなるにすぎない本願商標は、これをその指定商品「野菜又は果実の漬物」に使用するときは、これに接する一般消費者に単に該商品の品質を表示するにすぎないものとして理解され、あるいは、該商品の品質について誤認を生じさせるおそれがあるものということができ、商標法第三条第一項第三号及び同法第四条第一項第一六号に該当するものとして本願商標は登録できないとした審決の判断に誤りはない。

2  原告は、本願商標の由来及び登録出願の経緯、成田地方の漬物業界における本願商標に対する認識等を根拠に、「鉄砲漬」の文字を書してなる本願商標は単に商品の品質を表示するものとはいえない旨主張する。

《証拠省略》によれば、「千葉県成田市に所在する割烹料亭藤倉家では、古くから一夜漬と称して印籠漬を自家製造して家庭用に使用してきたが、昭和三〇年ころから、これを「鉄砲漬」と名付けて土産用に店頭で販売するようになった。右のように名付けたのは、当主の藤倉壮元が狩猟を趣味としていたことから、印籠漬の製法が鉄砲に火薬を詰めるに似ていることにヒントを得たことによるものである。その後数年して、成田地方では他にも同種の漬物を製造販売する業者が出現してきたが、藤倉家以外では該漬物をとりたてて鉄砲漬と称することはなかった。ところで、藤倉家では、昭和四〇年ころから、右「鉄砲漬」を東京の三越デパートでも販売するようになって一般からも好評を受けるようになり、藤倉家から右「鉄砲漬」を購入して自ら販売もしていた東京都港区に本店を有する松永商店においては、「鉄砲漬」を商標として登録しようとしたが、登録第七二六一二二号の「鉄砲印」商標に抵触する旨の指摘を受けたことから、昭和四四年一〇月二二日、右商標の商標権者東井重喜からその分割譲渡を受け(登録第七二六一二二号の二)、これに連合する商標として、同年一二月一五日、本願商標の登録出願をするに至り、昭和四六年五月一三日出願公告されることとなった。その後も「鉄砲漬」と名付けて前記漬物の製造販売を継続していた藤倉家は、松永商店からの再三にわたる要求に応じて、昭和四七年、対価として金三〇万円を支払って松永商店から「鉄砲漬」の態様で使用することを含む「鉄砲印」商標の通常使用権の設定を受けるに至り、また、成田市龍台の古関春雄も、昭和四八年二月一四日、右と同様の「鉄砲印」商標の通常使用権の設定を松永商店から受けて、「鉄砲漬」と称して藤倉家と同様の漬物を販売するようになった。原告(神戸市所在)は、昭和五〇年ころに至り、取引先の千葉県のデパートから引合いがあったことから、鉄砲漬の製造販売計画を建てることとなって調査した結果、前記のとおり「鉄砲漬」商標が出願公告されていることを知って松永商店と交渉に入り、昭和五二年六月一一日、松永商店から「鉄砲印」商標及び本願商標の登録出願によって生じた権利一切の譲渡を受けるに至ったものである。その当時、成田地方においては、前記藤倉家及び古関春雄のほか相当数の業者が「鉄砲漬」と称して同種の漬物を販売し、その漬物は成田の鉄砲漬として同地方の名産漬物として全国的に知られるに至っていたものであるところ、昭和五二年七月には、原告が松永商店から「鉄砲漬」商標の譲渡を受け藤倉家と業務提携のうえ近く新会社を設立して鉄砲漬の製造販売を始める旨の記事が食品業界紙にも掲載されることとなり、このような中で原告から「鉄砲漬」の表示をやめるよう要求された成田地方の漬物業者の中には、右表示を改めて、「瓜味漬」、「成田漬」、「翠漬」等と表示するものもあったけれども、前記古関春雄らを中心に「鉄砲漬」の表示を続けようとする動きも他方にあって、ほどなく、「鉄砲漬」と表示して販売するのがその後の全国の大勢となるに至った。」との事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、成田地方の漬物業界においては、「鉄砲漬」なる表示は、藤倉家がその取扱い商品に付した標章として使用が開始されたものが、該商品が好評を博したことから同業者間に次第に同種商品に付される標章として使用されるようになって、一般に成田地方に産する該商品を指称する名称を表示するにすぎないものとなってはきたが、一方、松永商店の出願に係る「鉄砲漬」と書してなる本願商標が出願公告され、少なくとも成田地方の同業者には、それがあたかも確定した商標権となったものと誤解される素地をも獲得し、そのために成田地方の同業者の中には「鉄砲漬」の表示を他のものに変更するものも出るに至ったけれども、本願商標について出願公告がされた昭和四六年当時においてはともかく、原告において本願商標登録出願により生じた権利を譲り受けた昭和五二年以降本件審決当時においては、成田地方においてのみならず、全国的に、「鉄砲漬」なる漬物は、「印籠漬」と表示されることもあるのは別として、問題の漬物を表示するものとして、定着していたものというべきであり、「鉄砲漬」は、商標であるとの認識が定着していたとの原告の主張は採用できない。

3  その他審決にこれを取り消すべき違法の点を認めることはできない。

三  以上のとおりであるから、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高林克巳 裁判官 杉山伸顕 八田秀夫)

〈以下省略〉

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